研究ノートの意義を考える②

記録は未来の自分が見るためのもの

文化科学研究科 日本文学研究専攻 准教授
国文学研究資料館研究部 小山順子先生

総研大日本文学研究専攻(国文学研究資料館)准教授の小山順子先生は、古典文学を研究しています。古典文学を読み解くための研究のノートは、実験科学を中心とする理系の研究ノートと考え方が大きく異なります。

和歌の表現から探る古典の世界

小山先生は、『新古今和歌集』を中心に鎌倉時代や室町時代の和歌の解釈や表現を研究しています。『新古今和歌集』は、鎌倉時代に後鳥羽上皇の下命による勅撰和歌集で、約2000首の和歌が収められています。新古今調といわれる絵画的、物語的な歌風をもち、本歌取り、体言止め、七五調の初句切れや三句切れなどの表現が多く使われていることが特徴です。

小山先生は、古い歌を取り入れて新しく作歌する「本歌取り」という表現を手掛かりに、作者の意図や意味を読み解きます。「鎌倉時代の人が、それ以前の古典をどう使って和歌を詠んだのでしょう。私の研究は謎解きをする推理小説のようなものかもしれません」と小山先生はいいます。和歌のある表現に着目し、その解釈が仮説となります。その仮説をさまざまな文献や資料から裏付けていくので、研究を進めることはまるで謎を解くための証拠集めのようなのです。

和歌が書かれた当時の文化背景を紐解く必要がありますし、和歌が作られた時代よりさらに過去に遡って文学史の流れの中で考える必要もあります。また、後世の人がどう和歌を解釈したのかといった資料や先行研究を調べる必要もあります。断片的な情報を集め、積み重ねることで研究を進めます。そのため、研究は資料探しや、みつけた資料の調査が中心です。

研究ノートは個人のもの

写真1:日本文学研究専攻准教授小山順子先生

「試行錯誤を経て、2年半ほど前にこのノートのスタイルに落ち着きました。」

文学の研究においても、もちろん研究ノートを使いますし、ノートが研究に欠かせないものであることはほかの分野と変わりません。ただ、文学の研究はあくまで個人で行い、一つのテーマを複数の人が調査・検討するような共同研究をすることはほとんどありません。そのため、研究ノートはあくまでも個人のためのものです。「他人のノートを見たことも自分のノートをだれかに見せたこともないです。ノートの体裁や書き方のきまりはなく、ノートの取り方を指導されたことないですね。どの研究者も自分が研究しやすいスタイルでノートを活用していると思います」と小山先生はノートについて話します。

小山先生の場合は、調査用と文献整理用の2種類のノートを使っています。昔に書かれた資料は日本各地の図書館や資料館などに保存されています。資料は古くて貴重なものが多いので、持ち出すことはできません。そこで、直接現地へ赴き、閲覧します。調査用ノートはこのような調査をするときに使います。文献整理用ノートは、作品の本文、調査した例、先行研究など関連の論文や学術書の内容を整理するために使います。

鉛筆で縦書きが基本

写真2:小山先生のノート

上:調査用ノート(縦書き)
下:文献整理用ノート(横書き)

調査用のノートはB5版のルーズリーフを使い、鉛筆で縦書きというスタイルが基本です。図書館などに保管されている古い資料は、資料を傷めるので、コピーをすることが許されません。また、写真撮影も基本的にはできません。そのため、調査では資料から必要な事項をノートに書き写します。資料を汚さないようにインクの入ったペンの使用も禁止されている場合が多いので、鉛筆で記録します。また、日本文学は縦書きなので、縦書きで書き写します。横書きにすると、記述の仕方が変わるので正確性に欠けることもあります。

「頻繁に参照できない資料もありますから、調査にいったらわかる情報を書き写せるものはすべて書きます。できるだけたくさんの資料を見たいのですが、1日10点ぐらいが限度です。資料によっては、数日かかっても1点しか記録できないこともあります」。

個人の写真撮影は禁止されていても、専門業者の撮影なら許可される場合もあります。そういうときは撮影をお願いし、その写真を印刷したものをファイルに綴じておきます。写真があっても、その資料はどんな紙を使っているのか、どんな装飾が施されていたのかといった細かい情報まで、見たことはすべて記録します。

ルーズリーフを使うのは、時系列ごとに記録する必要がなく、関連の記録をひとまとめにしたいからです。いくつもの資料を調査するときに、テーマごとに何冊ものノートを出張先に持っていくのは大変です。そこで「これさえあればいい」ように記録したものをファイルでまとめるようにしました。また、このスタイルなら、後から記録を付け足すことも容易です。

カードも兼ねるノート

もう一方のノートは、記録や資料を調べてわかった情報、現代の本や先行研究からの情報を調べてまとめるもので、検索できるカードの役割も持たせています。ルーズリーフを用いるのは調査用と同じですが、こちらはA5版横書きで、ペンも使います。ノートには、参考書を調べて、必要な事項を記録したページもあれば、論文の必要な個所をコピーしたものを張り付けたページもあります。

文学の研究では、先行研究を把握することがとても重要です。そこで、関連の文献を集めるのですが、時間がたてば文献はたまります。「最新の研究以外の文献は処分すればよいと思うかもしれませんが、文学研究では古い研究でも価値があり、研究するにはどの文献も必要なのです」。小山先生の場合、50~100年前の研究も重要な資料です。

研究を効率よく進めるためには、どんどんたまる文献を整理していかなければなりません。これはどの研究者も頭を悩ませているといいます。以前は必要な文献がどこにいったかわからなくなり、何度もコピーしなおしたこともありました。そこでひとつの論文を執筆するのに必要な資料のコピーはすべて1冊のファイルにまとめることにしたのです。インデックスをつけ、検索しやすいようにしました。A5版は、A6版のカードより少し大きく、B5版などのノートより少し小さいサイズです。B5版やA6版のサイズも試したのですが、A5版が小山先生にとって使いやすいサイズでした。

ノートは未来の自分が使うもの

写真3:拾遺和歌集の写本の複製を手にする小山先生

「文献を調査する際には、サイズや表紙の情報なども細かく記録します。」

「ノートに必要なのは、正確なこと、検索できること、保存できること、の3点です」と小山先生はいいます。例えば漢字とかなの違いなどでも正確に記録しないと誤った説を生むことにもなりかねず、研究の信頼性にも関わってきます。集められた記録は、インデクッスやファイルの色などに工夫をし、検索しやすいようにしています。

「この3つの条件を満たすには、パソコンが一番なのですが、私は今のところ、紙を用いています。今後、ファイルを電子化するなど、人によってスタイルは変わってくるかもしれません。ただ、どういうやりかたをしようとも研究のよしあしは個人の能力しだい。文学の分野で全てが電子化を迫られることはないと思います」。

研究を続け、経験を積むことによって、研究者独自のノートの使い方ができてきます。小山先生もこのノートのスタイルにたどり着くまでは試行錯誤の繰り返しでした。「研究に必要な情報さえ入っていれば、どんなやり方でもよいのではないでしょうか。自分の研究にとって、ベストなノートの使い方を模索し続けることが必要だと思います」と小山先生はいいます。また文学研究においては、ノートの記録自体が大切な資料となります。つまり、あるノートの記録はそのときにだけ必要なわけではなく、その後の研究にも必要です。「ノートは未来の自分も参照するもの。残しておくことを常に意識して記録をとるべきです」と小山先生は強調します。

「文学の研究は、世の中にあまり役に立たないとよく言われますが、けっして楽しいからだけでやるものではありません。研究の意義を見失うことなく、進めてほしいですね。自分が選んだ道ですからどんなにつらくても腹をくくって、がんばってほしいです」と最後に若手研究者に向けてメッセージをいただきました。

まとめ:小山先生のノート

  • 特に形式は決まっていない。
  • 正確さ、検索性、保存性を重視。
  • ノートの記録は資料として残す。
  • 時系列ではなく、研究テーマごとにファイルにまとめる。

(文/佐藤成美)