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総研大生及び修了生による論文解説

マウスの人馴れと遺伝の話

 松本 悠貴(生命科学研究科遺伝学専攻)

2017年9月8日掲載

人馴れと遺伝

野生動物の多くは、人の姿が近づいてくるのを察知すると、すぐに逃げてしまうことだろう。一方で、イヌなどのペット、ブタやウシといった畜産動物では、人が近づいても、逃げることは少なく、むしろ自ら人に近づいてくることさえある。これは、人間が動物を家畜化するという、長期に及ぶ過程で、より飼育しやすく、おとなしく、人に馴れる動物が選抜されてきた結果であると考えられる。

これまでの研究で、動物の人に対する馴れは、その一部が“遺伝的に”、つまり生まれながらにして決まっていることが明らかになっている。言い換えれば、家畜化されている動物では、遺伝情報を担っている染色体のどこかに、馴れに関わる領域が存在するはずだと考えられる。そのような領域が明らかになれば、既に家畜化されている動物のさらなる馴化や、未だに家畜化されていない動物の家畜化など、育種の現場で応用することにつながるだろう。

マウスの家畜化

マウスは、小型の哺乳類であり、飼育しやすいことや、遺伝情報の総体であるゲノム情報が分かっていることなどから、生物学の研究に頻繁に用いられる。現在、研究で用いられるマウスのほとんどは、ペットとして飼育されていたものに由来しており、家畜化され、人に馴れている。

これまでの研究から、人に馴れるという性質には、二つの要素があると考えられている。人に触れられても逃げない性質である「受動的従順性」と、自ら人に寄っていく性質である「能動的従順性」である。ペットや研究用に飼育されているマウスは、家畜化以前の性質を残す野生マウスに比べ、受動的従順性が高い一方で、能動的従順性は変わらないことが示されている。このことは、マウスの家畜化において、主に受動的従順性の高さが選抜の基準となってきた一方で、能動的従順性は重視されてこなかったことによると考えられている。

しかし、能動的従順性は、動物自身が積極的に人に対して接触しようとする行動であり、行動学的な観点からとても興味深い。能動的従順性が高い動物は、人を人と認識して積極的に近づくのか、それとも、人を人とは認識せず、同じ種の個体であると誤って認識してしまうことによって近づくのか。また、単純な好奇心による行動なのか、社会行動の延長にある行動なのか。このような様々な疑問に答えるためにも、能動的従順性に関わる遺伝的なしくみを明らかにする必要がある。

私たちは、能動的従順性が高いマウスを新たに作り、そのマウスのゲノムを調べることによって、能動的従順性の遺伝的な仕組みを明らかにすることに挑戦した。

人に寄ってくるマウスを作る

私たちが所属する国立遺伝学研究所では、多くの種類のマウスが飼育されている。私たちは、これらのマウスのうち、日本・カナダ・ブルガリア・デンマーク・フランスなど世界8か国から収集された野生マウスに由来するマウス系統を用いた。マウス系統とは、兄妹交配などを経て、遺伝情報が揃えられたマウスのことで、同じ系統の中では遺伝的に同一であるとみなせるものである。私たちが選んだ8種類のマウス系統は世界各地に起源をもつため、それぞれの地域特有の遺伝子タイプを持っている。これらのマウスを親系統として交配することで、遺伝的に高い多様性を持つマウス集団(野生由来ヘテロジニアスストック)を新たに樹立した。こうした高い遺伝的多様性をもつ集団では、それぞれの個体が異なった遺伝子セットをもっているため、個体ごとの行動も大きく異なり、人に近づきやすいマウスとそうでないマウスが生まれてくる。

人に近づく性質は遺伝することが分かっているため、人に近づきやすいマウス同士を交配させ続けると、その子孫では、人に近づく個体が生まれる割合が大きくなると予想できる。実際に、私たちは野生由来ヘテロジニアスストックを用いて、自ら人に近づきやすいマウスを選び、それらをさらに交配させるという選択交配実験を繰り返し、高い能動的従順性を示すマウスの集団を作ることに成功した(図1)。

能動的従順性についての選択交配実験の過程において、ゲノムの中のある遺伝子もしくは遺伝領域のみに注目すると、選択交配の影響を受けつつ、特定の系統に由来する遺伝子のタイプが選ばれていくことが期待される。そのため、選択交配を行ったマウスのゲノムを詳しく調べることで、能動的従順性に関わるゲノム領域を知ることができる。そこで、選択交配実験を行ってきたマウスのゲノム情報を使った解析を行った。

人に寄ってくる性質に関わる遺伝領域

能動的従順性が高いマウスは、その他のマウスと比べ、能動的従順性が高くなるような遺伝子のタイプを持っていると考えられる。選択交配実験によって、特定の遺伝領域では、ある親系統由来の遺伝子のタイプを持つマウスが優先的に選ばれ、そのタイプが子孫にも受け継がれていくはずである。そのため、子孫では、能動的従順性を高める遺伝子のタイプが、ほかの親系統に由来する遺伝子のタイプに比べて多くなっているはずである。そうした遺伝子のタイプに偏りがある遺伝領域を見つけることができれば、その遺伝領域が、能動的従順性に関わっていると予想できる。

私たちは、実験に用いた8つの親系統のゲノム情報と、選択交配実験を行った家系図の情報を使って、コンピューターシミュレーションを行った。このシミュレーションは、選択交配が行われたマウス集団のゲノム上で、遺伝子タイプがひどく偏っている領域を知るためのものである。このシミュレーションの結果、11番染色体上の一部の領域で遺伝子タイプに顕著な偏りが存在することが分かった。その領域では、日本産の野生マウスを祖先とするMSM系統に由来する遺伝子タイプが顕著に多くなっていた。さらなるゲノム解析により、その領域の内側にある二つの領域(ATR1とATR2)が、能動的従順性と関係していることがわかった(図2)。この領域の中には能動的従順性に影響しうる遺伝子が複数見つかったため、実際にどの遺伝子が能動的従順性に影響するかを示すためには、さらなる実験が必要である。



見つかった遺伝領域はイヌの家畜化にも影響しうる?

マウスで能動的従順性に関係する遺伝領域を見つけることができたが、この遺伝領域が他の動物でも従順性に影響するかを調べるために、高い能動的従順性を示す動物であるイヌを対象として、さらに解析を進めた。

イヌは人類が最初に家畜化した動物とされ、その家畜化の歴史は1万年以上とも言われている。オオカミでは見られない能動的従順性がイヌで見られるという事実は、イヌの家畜化の過程で、高い能動的従順性をもつ個体が選ばれてきた結果だと考えられる。そのため、イヌのゲノム上でも、長い家畜化の影響によって、遺伝子タイプの偏りを確認することができるであろう。これまでにも多くの研究者が、遺伝子タイプの偏りを調べることで、イヌの家畜化に関係する遺伝領域を明らかにしてきた。

私たちのマウスを使った研究で発見した二つのATR領域が、イヌの家畜化や従順性にも影響しているかを調べるために、これまで他の研究者が報告してきた解析結果を用いて、マウスとイヌのゲノムを比較した。

その結果、マウスのATR領域と相同なイヌの遺伝領域では、イヌの家畜化の過程で、偏った遺伝子のタイプが選ばれており、選択圧を受けていることが明らかになった。また、この領域内には、脳内のセロトニン量調節に関わるセロトニントランスポーターをつくる遺伝子Slc6a4が存在しており、この遺伝子の関与が示唆された。別の研究者では、セロトニンがイヌの攻撃行動に影響していることを報告しており、従順性は攻撃行動と関係が深いことから、この領域がイヌの従順性に影響している可能性が考えられる。

終わりに

私たちが行ったマウスの実験によって明らかになった能動的従順性に関係する遺伝領域は、イヌの家畜化や従順性にも関わってきた遺伝領域である可能性が示唆された。

今後は、まだ家畜化に成功していない動物や、より高い能動的従順性が求められるペットや畜産動物に対しても、今回マウスで能動的従順性に関係することが明らかになった遺伝領域と相同な領域の研究を進めることで、新たな家畜の樹立や効率的な育種への応用が期待される。

本研究についてより詳しく内容を知りたい方へ

本記事は下記の論文を解説したものです。

【著者】
Yuki Matsumoto, Tatsuhiko Goto, Jo Nishino, Hirofumi Nakaoka, Akira Tanave, Toshiyuki Takano-Shimizu, Richard F Mott & Tsuyoshi Koide

【論文タイトル】
Selective breeding and selection mapping using a novel wild-derived heterogeneous stock of mice revealed two closely-linked loci for tameness.

【雑誌】
Scientific reports. 7, Article number: 4607 (2017)

【URL】
https://www.nature.com/articles/s41598-017-04869-1


著者略歴

  松本 悠貴

生命科学研究科遺伝学専攻(国立遺伝学研究所配属)五年一貫制博士課程在学中。2013年3月徳島大学総合科学部卒業。2013年4月より現所属。2015年4月より日本学術振興会特別研究員。