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総研大生及び修了生による論文解説

言語と思想の言説(ディスクール)
近代文学成立期における山田美妙とその周辺

大橋 崇行(東海学園大学人文学部 講師・小説家・文芸評論家、日本文学研究専攻修了)

2017年11月17日掲載

はじめに

2017年10月末に、『言語と思想の言説(ディスクール) 近代文学成立期における山田美妙とその周辺』(笠間書院)を出版しました。この本は、2005年から発表してきた1890年前後の文学についての学術論文に、書き下ろしの文章と、2011年度に総研大に提出した博士論文とを加えてまとめたものです。

この本で中心として扱った山田美妙(やまだ・びみょう、1868-1910)という作家が書いた小説や詩・評論は、日本近代文学研究でもあまり読まれてきたものではありません。しかし、美妙は小説や文章の書き方をめぐって非常に多くのおもしろい試みをしているだけでなく、昭和初期に行われた調査によって、美妙の数多くの草稿や肉筆原稿が早稲田大学図書館や立命館大学・日本近代文学館などに残されていることが明らかになっています。また、美妙がどんな本を持っていたか、いつごろどの本を読んでいたのかについても、かなりはっきりとわかります。これは、明治時代に活躍した人物では、非常に珍しいことです。

 

これらの資料を用いると、明治時代という近代日本の始まりを生きた一人の人間が、どのように西洋から次々と入ってくる「知」を身につけたのか、また、江戸時代からあった「知」から新しく入ってきた「知」をどのように読み取り・理解し・自分の文章を書いていったのかという過程を見て取ることができます。そこで、美妙のこうした活動のあり方をひとつのケーススタディーとして、近代の日本がどのように西洋を受け入れたのか、近代文学だけでなく、言葉や思想・哲学がどのように形作られていたのかについて、より実態に即した形で再考しようというのが、この本での試みとなっています。

 

近代文学は〈内面〉を描いたのか

本の内容すべてに触れることはできませんので、ここでは主に2つの話題についてご紹介したいと思います。

 

まず、「近代文学は〈内面〉を描いたのか」という問題です。

 

高等学校の国語総合・現代文や、大学の一般教養で教えられている文学史の授業では、日本の近代文学は人間の〈内面〉を描こうとすることから始まったとされています。たとえば、高校2年生のときに読まれる夏目漱石の『こころ』は、「自我」というテーマを扱っていたと学んだ方も多いのではないかと思います。このような流れは、坪内逍遙が『小説神髄』(1885-1886)で、「小説の主脳ハ人情なり世態風俗これに次ぐ」と書いたことに発端があるとされてきました。

 

たしかに昭和初期には、作家自身を思わせる人物を主人公にした「私小説(わたくししょうせつ)」や「心境小説」が非常に流行していました。「私(わたくし)」という一人称で書かれることが多いこれらの小説では、人間の〈内面〉が描かれることも少なくありません。しかし、これらはあくまで小説として仮構されたものですから、作者としての「私」そのものでないことはもちろん、必ずしも人間が抱いた〈内面〉そのものでないことには注意が必要です。

ところで、坪内逍遙が『小説神髄』を書くときに参照した英語文献に、小説は「人情」を書くものだという発想はまったく出てきません。むしろ、小説は読者に娯楽を与えること、また、哲学の領域で論じられている議論をストーリーの中に組みこんでいくことで、その議論を一般の人によりわかりやすく知らしめることを目的とする考えがほとんどです。そして、このような考えを持っていたのが、夏目漱石、北村透谷、内田魯庵、二葉亭四迷、巌本善治、そして山田美妙という作家たちでした。逍遙が論じた「人情」論よりも、こちらの考え方のほうが圧倒的に主流だったのです。

逍遙の「人情」論が昭和初期の〈内面〉を描こうとした文学と結びついた形で論じられるのは、高等学校などで教えられている「文学史」が昭和初期に作られたものであり、この時期の文芸評論家や文学史家たち、逍遙の弟子たちが、1890年前後の議論と当時の価値観とを半ば強引に結びつけてしまった結果だと考えたほうが妥当だと思われます。逍遙が実際に論じていたのは、「文学史」で想定されているような〈内面〉や〈近代文学〉とはかけ離れた、江戸時代の「人情本」や「読本」と呼ばれた小説をどのように作り替えていくかという問題が中心であったと読むことができます。

こうした議論は、1980年代以降の日本近代文学研究で積み重ねられてきました。では、こうした哲学と文学との関係を前提にした上で、山田美妙はどのように小説を書いていたのかという問題を具体的に考えたのが、この本の第1章に当たります。

「言文一致」とは何だったのか

もうひとつ中心的な話題になっているのが、「言文一致」という問題です。

これは、江戸時代まで書かれていた「古文」(文語文)に対して、日本語でより口頭語に近い文章を書いていこうとする運動を指しています。つまり、現代の私たちが使っている日本語が、どのように形作られてきたのかという問題です。

特に明治時代の「言文一致」をめぐっては、主に2つのことが論じられてきました。

第一に、「言文一致」で日本語を書くことが達成されたことで、日本語による〈内面〉の記述が可能になったというものです。これも、坪内逍遙の『小説神髄』における議論を発端にしています。

第二に、1890年前後の「言文一致」においては、文末表現をどのように処理するのかが、もっとも中心的な問題だったというものです。たとえば、二葉亭四迷の「だ」調、尾崎紅葉の「である」調、山田美妙の「です」調といった枠組みが、これに当たります。当時は話し言葉で書こうとすると、どうしても書き手が聞き手(読み手)に対して、どのような態度で接するかということを問題にせざるをえなかったのではないかと考えられてきたのです。

ところで、美妙は「言文一致」による〈内面〉の表現について、議論をしていません。いちおう「言文一致」を達成することで「思想」を表現することができるとしてはいるのですが、これは「文学史」が想定しているような〈内面〉とは、まったく異なる枠組みだと考えられます。

一方で文末の問題については、当時の山田美妙もいくつかの文章で論じています。ただし、この問題を中心として論じていたわけではありません。美妙が主張していたのはむしろ、「言文一致」で文章を書くときの「文法」をどのように整備していくのかということでした。つまり、「言文一致」で文章を書くときに、日本語の書き方のシステムそのものを作り直してしまおうという構想を持っていたのです。これは、新しい言語を一人で人工的に作り出してしまおうという試みに近いもので、壮大な実験です。

もちろんこうした言語実験は、そう簡単にできるものではありませんが、エスペラント語のように、言語実験を語彙も含めて本当にやってしまった例もあり、晩年の二葉亭四迷や宮沢賢治などが、エスペラント語に没入していったことも知られています。しかし、美妙は、このような試みに携わる中で、日本語の言葉ひとつひとつによって示される概念を、より限定的に、厳密にしていき、社会でより多くの人たちが言葉を共有しやすい形にするためにはどうしたらいいのかという問題にたどり着いたのではないかと考えられます。二葉亭四迷や尾崎紅葉など同時代の作家たちがあくまで小説表現の実験として「言文一致」を試みていたのに対し、美妙と行動を共にしていた編集者の新保磐次の働きと、辞書の編纂などを介して、美妙だけが自身の文章のあり方を当時の学校教育や女性教育に反映させていくことができたのも、このような問題意識を抱いたせいではないかというのが、本書の結論になっています。

 

デジタル・アーカイブと人文科学研究

現在、世界各国で、著作権保護期間が過ぎた書籍のデジタル・アーカイブ化が進んでいます。たとえば、明治時代に数冊しか輸入されなかったために国内では所蔵がなくなってしまった洋書が、今ではGoogleブックスの検索によって自宅で簡単に読むことができます。

この本で進めた研究は、こうした資料のデジタル化に支えられていると言っても過言ではありません。国内でその役割を中心的に担っているのが、国立国会図書館と国文学研究資料館であり、その意味で国文学研究資料館にある総研大の日本文学研究専攻で学ぶことができたのは、この本で行った研究にとって非常に大きなことでした。

デジタル・アーカイブ化において、資料を、ただ保存し、データベース化し、公開して終わりではなく、どのように扱うかについてまで考えなければなりません。また、ただ「解読」「現代語訳」するだけでなく、テクストを精確に読み解き、それがどういう性質の資料なのか、他の資料・情報とどのように関わり、どのように位置づけられるものなのかも考えていかなくてはいけません。資料のデジタル化がある程度進んだ現状において、こうした問題を扱っていくことこそが、文学研究を含めた今後の人文科学研究、あるいは大学での人文科学教育に求められるものだと思います。すなわち、ネットワークの中に無数に溢れる情報をただフラットな情報として受け流すのではなく、その内実と向き合って考えていくために、よりよく検索し、収集し、読解し、意味づけていく方法を探るのが、今後の人文科学なのではないでしょうか。

この本の研究はちょうど、こうした資料のデジタル化が始まった時期に行ったひとつの試みです。その意味で、さまざまな問題点や、議論の余地もあると思います。しかし、そうした問題点を、文学研究だけでなく、思想や歴史まで含む人文科学研究、さらには社会科学や、それ以外の学術領域も含めて共有し、多様に議論していくことができれば、著者として幸いなことだと考えています。

 

本研究についてより詳しく内容を知りたい方へ

紹介した著書

大橋崇行『言語と思想の言説(ディスクール) 近代文学成立期における山田美妙とその周辺』(笠間書院、2017)
http://kasamashoin.jp/2017/09/post_4049.html


著者略歴

  大橋 崇行

東海学園大学人文学部講師、小説家、文芸評論家。
2011年3月、総合研究大学院大学文化科学研究科日本文学研究専攻博士後期課程修了。
岐阜工業高等専門学校一般科目(人文)科助教を経て、現職。
評論の著書に、『ライトノベルから見た少女/少年小説史 現代日本の物語文化を見直すために』(笠間書院、2014)。編著に『ライトノベル・フロントライン』3巻(山中智省と共編、青弓社、2015-2017)など。小説の著書に『大正月光綺譚 魔術少女あやね』(辰巳出版、2015)、『レムリアの女神』(未知谷、2016)、『世にも奇妙なストーリー 百壁町の呪い』(黒史郎ほか3名と共著、西東社、2017)など。